教会と援助団体との関係-教会と協働して学んだこと

 

日本国際飢餓対策機構 清家弘久

 

東日本大震災からはや5年を迎えようとしています。私共、日本国際飢餓対策機構がこの5年間、震災の被災者支援活動のなかで何を行ってきたのかを振り返るときが与えられて感謝です。

 

仙台の明泉幼稚園をお借りし、支援活動を開始して間もなく、後に東北ヘルプとなる被災支援ネットワークを立ち上げたばかりの川上直哉先生が足を運んでくださり、互いに支援の協力をすることとなり、日本国際飢餓対策機構(以下JIFH)として教会協力のなかで活動する足がかりとなりました。東北の諸教会とのつながりがそんなにあるわけではない中で、川上先生や塩釜の大友幸一先生、そしてベースキャンプの場所、倉庫を紹介、提供くださった明泉幼稚園グループのブローマンファミリーとのつながりは、震災災害救援活動を始めるにあたってどれほど大きな足がかりとなったことでしょうか。

全国の特に関西や中部地方の支援者の皆さんや教会、さらに協力企業さんからの援助物資や燃料などを初期は明泉幼稚園、のちにブローマンさんの紹介で泉区の書店をサマリタンパースと協同で倉庫としてお借りして、私たちの活動はもちろん、救援や支援に行かれる教会グループにお分けすることができました。市場で不足していた衣服、毛布、食料品類、赤ちゃん用品などが豊富に送られ、支援を中断することなく行うことができました。

震災1週間後、川上先生から救援活動を行っている援助団体、教会のネットワーク(震災連絡会議)を作るので参加してほしいとの要請を受け、参加しました。それが後に東北ヘルプとなっていきました。私たちも諸団体や教会のニーズや活動地域などを知ることができ、本当に東北ヘルプが果たしてくださった役割は大きいと思っています。また教会と援助団体の橋渡しを行ってくださったと感謝しています。阪神大震災時にはクリスチャングループの連絡会がなかったので、一般のNGO連絡会に参加し情報交換をしましたが、東日本大震災では教会と地域の必要と結びついた活動を行うことができたのではないかと考えています。

 

ケーススタディ1 気仙沼第一聖書バプテスト教会

活動初期の震災連絡会議に塩釜聖書バプテスト教会の大友先生が、教会が流され安否が不明であった気仙沼第一聖書バプテスト教会の嶺岸 浩先生を連れて来られました。嶺岸先生は会議で震災の様子を生々しく語ってくださいました。そして避難所で生活されていることをお聞きしました。JIFHとして何とか教会のために何かできることはないかと先生にお尋ねしたところ、教会の床が残っているので、瓦礫の中ではあるが、床が見えるようにしてもらえないかという要望でした。震災後約1ヶ月たった4月8日、前日夜震度6強の最大余震があった時でした。JIFHスタッフとボランティアと倉沢、柳沢両教授と10名近い学生でチームを組んでくださった東京キリスト教大学(TCU)チームと協働で瓦礫撤去を行いました。建物は破壊されていましたが、床は嶺岸先生が話された通りしっかり残っていました。そこに流木で十字架をTCUの学生さんにお願いして作ってもらいました。このことが後に他から気仙沼に心配して来られた方々にここに教会があることを示すことができました。また嶺岸先生方が定期的にこの場所で祈り会を持ってくださいました。5月にサマリタンパースを中心とするチームが周りをきれいにし、十字架の補修もしてくださり、国内外に気仙沼教会のことを知らしめる大きな出来事につながっていきました。現在、同じ場所ではありませんが、素晴らしい新会堂が教会の皆さんはもちろん、多くの教会、諸団体の協力で建設され、気仙沼で宣教の活動が行われています。神の働きは様々な人、チームが関わっていくチームミニストリーであることを初期の段階で瓦礫のなかで呆然としていたボランティアにとっても「なお十字架はかがやけり」と強く実感しております。

 

ケーススタディ2 グレース宣教会(大阪府)行政との連携

グレース宣教会(堀内顕牧師)は震災直後からJIFHと協力をしてくださいました。グレース宣教会は八尾市と連携して被災地で必要な衣類、食料、燃料などの生活必需品を集めました。また地域の人々にも呼びかけてくださいました。その量は10トントラック満載でした。物資は東北自動車道が災害救急車両と被災者支援物資運送の車両のためだけに開かれていた震災後間もない頃、大阪から東北へ届けられました。この中に市民の方々から役所に直接届けられたものがたくさんありました。しかし、役所はどのようにして東北へ運ぶかを思案しあぐねていました。そこに教会側から被災地に届ける提案があり、行政側が渡りに船とこの提案に賛同し、東北自動車道の通行許可の手配を行ってくれました。被災地ではJIFHが受け入れ、支援品を避難所にお届けし、その報告を送ることで行政との信頼関係をさらに強固なものに変えていくことができます。

 

ケーススタディ3 本郷台キリスト教会(神奈川県)支援と宣教の連携

本郷台キリスト教会(池田恵賜牧師)も震災直後からJIFHのベースキャンプに人と物資を送り続けてくださいました。大型マイクロバスで駆けつけてくださるので、牡鹿半島や釜石まで足を伸ばしていただきました。その中で石巻に自分たちの支援活動と宣教の拠点を見つけられ、そこに「お茶っこハウス」を設けられました。趙宣教師が派遣されて信頼関係を作っておられます。

最初は物資配布だけでしたが、回数を重ねると地元の方との人間関係ができ、継続してそこで宣教の働きができるようになりました。無償で、被災された店舗物件を借りられました。JIFHも泥出し、家の改造、チャペル建設のお手伝いをさせていただきました。震災後5年が経とうとしていますが、お茶っこハウスは地元の人々との信頼関係を築き、地元ではなくてはならない存在になっています。

 

<JIFHの今後の東北での課題>

JIFHは現在津波で全壊した仙台のシーサイドバイブルチャーチ(内藤智裕牧師)の再建のお手伝いをさせていただいています。それが一段落したらJIFH東北事務所は他の事務所と同じように教会や地域の方々に世界の飢餓の現状をお伝えし、この世界から飢餓・貧困を無くすために祈っていただき、献げていただくことをお伝えしなければなりません。被災した東北から世界へ目を向けていただくために私たちは、メッセージを発し続けることが大切だと思っています。それがJIFHが神から委ねられた役割と考えています。しかし、福島の現状をみるときに、いつになったらそうできるのかと祈らざるを得ません。なかなか先の見えない闘いが続いていきます。JIFHとしても福島と関わり続けていきながら、飢餓問題と同じくきっと終わりがあると信じて教会と関わり続けていきたいと願っております。

 

 

 

 

 

 

 

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