働き人の霊的、肉体的、精神的疲労をどう和らげるか

霊的な助けをどのように行うか~被災地の牧師家族支援プロジェクトの報告~

河野勇一(パーパス・ドリブン・フェローシップ・ジャパン、日本バプテスト教会連合・緑キリスト教会牧師)

 

Ⅰ.被災地の牧師家族に休養を。

2011年6月27日、8人の牧師が家族と共に三々五々集まってきた。東日本大震災で被災した地域の牧師と家族のために企画した「第一回・被災した教会の牧会者セミナー」に申し込まれた、福島県、宮城県在住の方々である。場所は、天然温泉に恵まれた蔵王国際ホテル、期間は6月27日(月)からの二泊三日であった。このセミナーは、パーパス・ドリブン・フェローシップ・ジャパン(以下PDFJ)主催、日本国際飢餓対策機構(以下JIFH)共催によるもので、被災地にいる牧師とその家族たちに“休息”していただく機会を提供しようとするものである。

私ども5人の牧師から成るPDFJは日本において健康な教会を建て上げるために、全国5箇所で2年がかり6回のセッションを始めたばかりであった。そのようななかでの3月11日の大震災とそれがもたらした大きなダメージは、私たち小さな者にも何か被災地の教会にお仕えできることはないかと考えさせた。早速私は代表して被災地を訪れ、JIFHの清家弘久氏に導かれていろいろな方とお会いするなかで、休む間もなく教会と地域のために働いている牧師たちのことが話題となった。そして、私たちは教会の要である牧師とその家族にお仕えしようと決め、このセミナー開催に至ったのである。

企画の段階から貴重な助言をもって協力してくださったチームの一人、聖学院大学大学院准教授(当時)である臨床心理士、藤掛明氏は「疲れている牧師たちを手当するのに、心理的な面から述べると『援助者役割』を解除することが重要となる」と示唆され、これを基本的方針とした。とはいえ、教会員や地域の人たちが心身ともに休まることなく日々を重ねているなかで、牧師が休みを取るのはとても難しい。さりとて、牧師であっても休むことなしに働き続けるなら疲れ、そのうちいつか、どこかで問題が出てくる可能性が大きい。そこで、牧師がこの企画に申し込みやすいようにするためにいくつか工夫をこらした。まず、3日であっても教会を留守にすることに不安を覚える方のために「留守番」の牧師を送る体制を作った。また、この企画に牧師が出やすく、教会も送り出しやすくするために「セミナー」という名を付けた。往復の交通費、滞在費はすべてPDFJとJIFHで負担する完全招待とした。被災地の超教派連合組織である「東北HELP」の推薦もあって、第一回セミナーには8家族21人(うち子供4人)が参加され、これに、チームスタッフ8人が加わった。

 

Ⅱ.家族単位で、まったく自由な3日間

プログラムとしては、初日夕4~5時のオリエンテーション、三日目朝の出発礼拝以外は、参加、不参加をまったく自由とした。そのオリエンテーションもそれぞれの簡単な自己紹介をするだけで、被災の状況やこれからの課題などに触れないようにし、互いの交わりも強制しないように配慮した。実際は、オリエンテーション後に知り合い同志、そして初対面同士でも少しずつ立ち話での交流が始まっていった。そこでも、すぐ部屋に戻ったり、その後のプログラムには参加しなかった人もあったりしたことに主催者としては満足している。そのような方々は3日間部屋で静かに過ごしたり、温泉を楽しまれたりしたのであろう。

初日の夕方から食事を挟んで夜9時までの3時間弱、藤掛明先生によって「コラージュによるワークショップ」がもたれた。雑誌や新聞などから集められた多くの写真が用意され、それぞれが欲しい写真を取り集めてそれらをA5版の紙に切り貼りした。皆、童心に帰ったように夢中になって作品を作った。ある程度時間をとったあと、私を含むスタッフの作品を見本にとりあげて、藤掛氏は全員の前でコメントされた。そのコメントが、その作品に表れた特徴を解説するとともに実に受容的かつ肯定的、そしてユーモアにあふれたものであったので、会場の雰囲気がやさしく温かくなり、人々は「先生から診断される」という恐れの気持ちを払拭して、思うままに作品づくりを続けたようだった。そして夜には、すべての人の作品に対するコメントが同じようになされ、それぞれはその作品を大事に持ち帰った。

コメントするなかで氏は、近景と遠景に別れていた作品がいくつかあったことから、コラージュの構図について触れられた。目の前の現実的課題への思いと、遠い復興後の理想が同居している姿として分析してみせ、現実から復興にたどりつく道筋(中景)が見えない被災者の状態を示唆された。

二日目の午前は希望者を対象として、雨の中にいる自分を想像した絵を描かせて、困難のなかにいる自分をさらに見つめるときを導いてくださった。最終日に提出していただいたアンケートのなかにも「自分を素直に見つめ直す時となり、ありのままを受け止められる心地よさに癒された」とあるように、多くの方がとてもよかったと書いている。

良くも悪くも、自分のことより他人のことをいつも気遣う牧師や牧師夫人にとって、教会から離れたところで『援助者役割』から解放されて安心のうちに自分を表現することに没頭し、そして現在、実際に大きな課題を抱えて歩んでいる自分の位置を確認することは、参加された方々に少々たりとも癒しと励ましをもたらしたのではないかと感じた。

 

Ⅲ.ホールデン氏による「災害のさなかでの教会の歩み」の証し

サドルバック教会(リック・ウォレン主任牧師)のパーパス・ドリブン国際ディレクター(当時)として日本でも「健康な教会を建て上げるために」セッションを指導してくださっているデイブ・ホールデン氏は、2日目の朝のデボーションで証しされた。氏は、山林に囲まれた小さな街にあるレイク・グレゴリー教会の牧師をしていたとき、カリフォルニアで起きた広域山火事に巻き込まれた経験を持ち、教会員を含む地域全員が避難を余儀なくされたときの牧師としての苦悩とともに、その中で主が導いてくださった地域への積極的な働きかけについて具体的に分かち合ってくださった。

東日本大震災とは具体的状況違っていても、地域全体が危機に直面している中で教会にできることが多くあり、教会は率先して勇敢にそれらに取り組んで来たこと、そしてそれが、災害前にまさって地域の人々が教会に親しみと信頼を抱く機会となり、実際に多くの人が求道して信仰を持つようになったことを聞いた。

東日本の諸教会も、地域にあって同じ被災者でありつつも、その地域の必要を素早く見抜き、被災地外の諸教会との協力のもとにそれに応えることは、現に実践してきたことであった。何人かの牧師はご自身の教会を支援物資配給センターとして地域に仕えてこられたこと、その結果、これまで教会に来たことのなかった地域住民の礼拝出席者が増えていることを証しされた。共通点の多いこのような経験をしたホールデン牧師のストーリーを直接耳にして、被災地の教会を預かる牧師たちは主が働いでくださっていることを確認するとともに、さらなるチャレンジと勇気を与えられたであろうと思う。多くの参加者が「具体的な示唆を与えられた」「励まされた」とアンケートに記した。

被災状況の中をモーセのように神の杖を持って民を導く牧師。皆その責任の大きさを自覚するがゆえに、牧師とその家族が孤立したり、生活基盤が築けなかったりして倒れてしまわないよう、おもに教団単位の継続的かつ多様な協力支援、いや日常の共同(チームワーク)が全国にちらばっているいくつかの教会、牧師たちとの間で築かれることが求められていると感じた。

 

Ⅳ.3年間に6回のセミナー

第一回のセミナー参加者は東北全域から募集した。その参加者だけを見ても、地域や被災状況、牧師の年齢、健康状態、そして教派・教団もまちまちである。その中でも、ひとつの際立った状況の差異を作っているのが原発事故による放射能問題であると感じた。地震と津波の被害はそれがどれほど大きなものであっても「復興」という方向を目指すことができるが、福島県、特に原発事故の影響下にある地域は異なっている。被害がなお現在進行中であり、何年先に問題の収束があるのか先行き不透明なのである。そのような中で牧会しているある牧師は、その苦悩と不安の言葉を口から絞り出されたが、それは大きな試練のなかにある人々の苦しみの一端であろう。現に、セミナーに参加する余裕さえない原発至近教会の教会員と牧師たちは今なおその地に踏み入ることが許されずに、何人かの牧師は移転を余儀なくされたり、退職したりしている。そのようなことをも踏まえて、第二回(8月17~19日)は放射能影響下の福島・茨城の牧師を対象とし、第三回(8月22~24日)の青森・岩手・宮城を対象としたものと分離して計画した。2012年からは、毎年3月末に第四回「一年後セミナー」、第五回「二年後セミナー」、第六回「三年後セミナー」を東北各地の温泉で開催し、6回にわたる二泊三日セミナーに延べ82家族、187人が参加された。

温泉三昧で過ごした人も含めてほとんどの参加者から「家族そろって日常から離れて休めた。」「昨年の夏以来、このセミナーでゆっくり休めた。」などの感想が寄せられた。三年を経過した時期、大震災後の急場を凌ぎ、とりあえずの復興を達成した牧師と家族たちは、今度は教会と地域についてのビジョンの保有とそれに向けての長期にわたる前向きな取り組みに入っている一方、不断かつ大きなストレスのゆえに牧会活動を一時休止せざるを得ない牧師も出ているという。それだけに三日間であれ、家族そろっての温泉での休息は有意義だったようである。また、「三年経った今も、被災地の私たちのことを忘れないでいてくれて感謝です。」との言葉には、短いながら重いものを感じたが、この形でのセミナーは2014年3月をもって一応の区切りをつけることとした。最大の理由は、被災地の状況がすでに震災後の緊急事態から長期的な復興・再建の時期に移行しつつあるとの判断からである。加えて、私たちチーム・スタッフの体調、そして資金的な支援の状況もむずかしくなったこともある。

最後に、セミナー終結にあたっていただいた多くの方のメールから、ひとつを紹介させていただき、報告を閉じる。

 

主の聖名を讃美いたします。先生方の東北における尊い働きを改めて感謝致します。

震災後、私たちも、また私たちの周りの先生方も深い痛みと心身の疲れの中にいました。あれから4年になろうとしていますが、当時心と体が体験していた倦怠感や痛みは、記憶の中で今も生き続けるほどのものでした。それでも、日々の通常の教会での働きや主日のメッセージは継続的なものでしたから、私も含めて皆大変だったと思います。

そのような現実の中で、皆様の思いやりや愛は大きな力、慰めになりました。宿泊を用意して下さり、またそのなかで交わりや霊的なケアも施してくださって、妻も私も個人的に深い疲れや倦怠感から解放されたときがありました。それは、不思議なものでした。藤掛先生にも牧会上の悩みについて丁寧に耳を傾けていただき、助言を頂いたこともありました。想像以上に大きな力となりました。もし、あの時に先生方の愛やそして犠牲的な働きがなかったら、と思うと、改めて感謝します。燃え尽きてしまったり、心身ともに疲れきって牧会にも大きな障害をもたらしたりしていたかもしれません。

幸いにも、私たちは新たな恵みの領域に教会家族とともに入ることが許されました。本当に今までありがとうございました。

 

(本報告は、『聖書と精神医療』29号や「クリスチャン新聞」での報告に加筆したものであることをお断りしておく)

参考:パーパス・ドリブン・フェローシップ・ジャパン

メンバー:尾山清仁、河野勇一、友納靖史、藤原淳賀、横田法路(50音順)

URL http://pdfellowshipjapan.blogspot.jp/

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